はじめに

企業結合(取得)では、被取得企業から受け入れた資産・負債を時価で評価し、取得原価を配分します。このとき、貸借対照表に計上されていなかった「無形の価値」、たとえば長年築いた顧客基盤、独自の技術、ブランド(商標)などをどう扱うかが論点になります。

これらをまとめてのれんに含めてしまうのか、それとも個別の無形資産として切り出して認識するのか——その判断を定めているのが、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第29項です。本記事では、識別可能無形資産の認識要件と、顧客関係・技術・商標といった類型別の識別の考え方、のれん金額への影響を実務に沿って解説します。

概要

識別可能無形資産の認識は、次の流れで進みます。

1. 受け入れた資産に無形の価値が含まれるかを洗い出す
    ↓
2. 認識要件を満たすか判定(第29項)
    ├─ 法律上の権利に基づくもの
    └─ 分離して譲渡可能なもの
    ↓
3. 該当する無形資産を類型別に識別(顧客関係・技術・商標等)
    ↓
4. 各無形資産を企業結合日の時価で評価し取得原価を配分
    ↓
5. 残額をのれんとして計上(無形資産を切り出した分のれんは減少)

具体的な会計処理

第29項:識別可能無形資産の認識要件

第29項は、受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には、当該無形資産は識別可能なものとして取り扱い、取得原価を配分するとしています。

認識の要件は、次のいずれかに該当することです。

認識要件

内容

(a) 法律上の権利に基づくもの

契約や法令に基づく権利として認められるもの

特許権、商標権、ライセンス、契約上の権利

(b) 分離して譲渡可能なもの

企業から分離して、単独または関連する契約等とともに売買・移転できるもの

顧客リスト、技術ノウハウ、独立して取引可能な無形資産

いずれかの要件を満たせば、その無形資産はのれんとは区別して、識別可能資産として個別に認識します。逆に、これらの要件を満たさない無形の価値(たとえば、組織的に育成された従業員の集団的能力など、分離して譲渡することができないもの)は、独立した無形資産としては認識せず、のれんに包含されることになります。

要件の判定は、契約・法令の有無((a)の観点)と、分離して取引できるか((b)の観点)の両面から行います。いずれか一方でも満たせば認識対象となるため、まずは被取得企業が保有・利用している無形の価値を幅広く洗い出し、各々について要件該当性を検討する流れが実務的です。

類型別の識別

実務では、被取得企業の事業特性に応じて、次のような無形資産が識別の候補となります。

顧客関係(顧客資産)

継続的な取引関係にある顧客基盤や、顧客リスト、受注残(バックログ)など。契約に基づく顧客関係や、分離して譲渡可能な顧客リストは識別可能無形資産として認識します。評価は、当該顧客から将来見込まれる収益・キャッシュ・フローを基礎に行うことが一般的です。

技術(技術資産)

特許権として法的に保護された技術や、特許化されていないものの分離して譲渡可能な技術ノウハウ、ソフトウェア技術など。法律上の権利(特許権)であれば(a)、分離譲渡可能な技術であれば(b)の要件で認識します。

商標(ブランド)

登録商標などの商標権は法律上の権利として(a)に該当し、識別可能無形資産として認識します。ブランド価値は、ロイヤルティ免除法など将来のロイヤルティ相当額を基礎とした評価が用いられることがあります。

類型

主な認識根拠

評価の着眼点

顧客関係

分離譲渡可能(契約上の権利の場合は法律上の権利)

既存顧客からの将来収益・継続率

技術

法律上の権利(特許)または分離譲渡可能(ノウハウ)

技術がもたらす超過収益

商標

法律上の権利(商標権)

ブランドに帰属するロイヤルティ相当額

のれん金額への影響

識別可能無形資産を切り出して認識することは、のれんの金額に直接影響します。取得原価は一定であるため、識別可能資産(無形資産を含む)への配分額が増えれば、その残額であるのれんは減少します。

のれん = 取得原価 − 識別可能純資産(識別した無形資産を含む)
※ 無形資産を多く識別するほど、のれんは小さくなる

仕訳例(取得原価10億円、有形純資産5億円、識別した無形資産として顧客関係2億円・商標1億円を認識する場合)

(借方)有形純資産(時価)  500,000,000  (貸方)現金預金等(取得原価)  1,000,000,000
(借方)無形資産(顧客関係)  200,000,000
(借方)無形資産(商標)    100,000,000
(借方)のれん            200,000,000

識別可能純資産=500,000,000+200,000,000+100,000,000=800,000,000、のれん=1,000,000,000−800,000,000=200,000,000。

仮に無形資産を識別しなければ、のれんは5億円となります。無形資産3億円を切り出したことで、のれんが3億円減少した形です。識別可能無形資産とのれんは、いわば表裏の関係にあります。

無形資産の識別

無形資産計上額

のれん

識別しない場合

0

500,000,000

顧客関係・商標を識別する場合

300,000,000

200,000,000

償却面でも、無形資産は各々の効果が及ぶ期間(耐用年数)で償却し、のれんは20年以内(第32項)で償却するため、識別の有無は将来の償却費の発生パターンにも影響します。たとえば、耐用年数の短い技術資産を切り出せば取得後の早い時期に償却費が集中し、耐用年数の長い顧客関係や商標を切り出せば償却費が長期に平準化されるなど、識別する無形資産の構成によって損益への現れ方が変わります。

このように、識別可能無形資産の認識は単にのれんを分解するだけでなく、将来の各期の損益にも影響を及ぼします。そのため、無形資産の識別・評価は、買収後の業績見通しや投資採算の評価とあわせて検討することが望まれます。

評価技法と実務上の進め方

識別した無形資産は、企業結合日の時価で測定します。市場価格が観察できない無形資産が多いため、実務では将来キャッシュ・フローに基づく評価技法が用いられます。代表的なものとして、次のような手法があります。

評価技法

概要

主な適用対象

超過収益法(MEEM)

対象資産が生み出す収益から、他の資産への貢献分を控除して算定

顧客関係

ロイヤルティ免除法

自社保有により支払を免れるロイヤルティ相当額を基礎に算定

商標・技術

コストアプローチ

同等の資産を再構築・再取得するコストを基礎に算定

自社利用ソフトウェア等

実務の進め方としては、(1)被取得企業の事業内容から無形資産の候補を洗い出し、(2)各候補について第29項の認識要件への該当性を判定し、(3)該当する無形資産について適切な評価技法を選定して時価を測定し、(4)残額をのれんとして算定する、という流れになります。評価には将来予測や割引率などの見積りが伴うため、外部の評価専門家と連携し、見積りの前提と根拠を文書化しておくことが重要です。

評価が決算日までに完了しない場合は、暫定的な会計処理を行い、取得日後1年以内に確定させて取得日に遡って反映します。確定により無形資産の金額が変動すれば、その分のれんも修正されるため、評価作業のスケジュール管理が実務の要となります。

留意点

  • 「のれんに一括」は不可:要件を満たす無形資産は、のれんに含めず個別に認識しなければならない。安易にのれんへ一括計上しない
  • 評価には専門的見積りが必要:顧客関係や商標の時価評価は、将来キャッシュ・フローの見積りや評価技法(ロイヤルティ免除法等)を要する。外部の評価専門家の関与を前提にスケジュールを組む
  • 暫定処理・確定との連動:無形資産の評価が決算日までに完了しない場合は暫定的な会計処理を行い、取得日後1年以内に確定させ取得日に遡って反映する。確定によりのれんも修正される
  • 耐用年数の見積り:識別した無形資産はそれぞれの効果の及ぶ期間で償却する。顧客関係・技術・商標で耐用年数の考え方が異なるため、根拠を明確にする
  • 要件該当性の判断と文書化:「法律上の権利」か「分離して譲渡可能」かのいずれの要件で認識するのかを整理し、判断根拠を残す。監査対応上も重要
  • のれんとのバランス:無形資産の識別は恣意的に行うものではなく、要件に照らして客観的に判定する。識別の網羅性と評価の合理性の双方が求められる

まとめ

識別可能無形資産の認識は、次のように整理できます。

ステップ

内容

根拠条項

1. 洗い出し

受け入れた資産の無形の価値を把握

第29項

2. 要件判定

法律上の権利/分離譲渡可能のいずれかに該当するか

第29項

3. 類型別識別

顧客関係・技術・商標等を個別に識別

第29項

4. 時価評価

企業結合日の時価で取得原価を配分

第28項・第29項

5. のれん算定

残額をのれんとして計上(無形資産分のれんは減少)

第31項・第32項

識別可能無形資産の認識は、「要件を満たす無形の価値はのれんと区別して個別に認識する」という考え方が核心です。顧客関係・技術・商標などを適切に識別・評価することは、のれんの金額と将来の償却費に直結し、財務諸表の説明力を高めます。評価には専門的な見積りを要するため、外部専門家の関与と1年以内の確定を見据えたスケジュール管理が実務のポイントとなります。

最後に、識別可能無形資産とのれんは表裏の関係にあるという点を改めて強調しておきます。無形資産を切り出して認識すれば、その分のれんは小さくなり、それぞれの耐用年数に応じて償却費の現れ方も変わります。無形資産を一切識別しなければ、本来は顧客関係や技術・商標として説明できたはずの価値がすべてのれんに包含され、財務諸表の説明力は低下します。第29項の認識要件に照らして無形資産を網羅的に識別し、合理的な評価技法で時価を測定することは、買収の実態を財務諸表に適切に反映させるうえで欠かせない手続といえます。被取得企業の事業特性を踏まえ、どのような無形資産が存在しうるかを早期に洗い出すところから着手するとよいでしょう。