はじめに

M&Aで他社(または他社の事業)を取得すると、買収価額を「何にいくら払ったのか」へ分解する作業が必要になります。これが取得原価の配分、いわゆるPPA(Purchase Price Allocation)です。

PPAは単なる事後処理ではなく、その後ののれん償却額や減価償却費、ひいては連結損益に直結する重要なプロセスです。識別可能無形資産をどこまで計上するか、各資産・負債の時価をどう見積るかによって、のれんの金額が大きく変わります。

本記事では、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」に基づき、取得原価の算定から識別可能資産・負債への配分、配分残余としてののれん算定までを、実務の流れに沿って解説します。

概要

「取得」と判定された企業結合には、パーチェス法を適用します(第17項)。パーチェス法では、被取得企業から受け入れる資産・負債を時価で評価し、取得原価をそこへ配分します。処理の流れは次のとおりです。

1. 取得企業の決定(誰が支配を獲得したか)
    ↓
2. 取得原価の算定(支払対価の時価+取得関連費用の扱い)
    ↓
3. 識別可能資産・負債の把握(無形資産を含む)
    ↓
4. 各資産・負債の時価評価
    ↓
5. 取得原価の配分(PPA)
    ↓
6. 配分残余=のれん(または負ののれん)の算定

取得企業の決定(第18項以下)と取得の判定が前提となりますが、本記事ではステップ2以降の取得原価の算定と配分に焦点を当てます。

具体的な会計処理

ステップ1:取得原価を算定する

取得原価は、原則として、取得の対価(支払対価)となる財の企業結合日における時価で算定します(第23項)。

対価の種類

取得原価の算定

現金・他の資産の引渡し

引き渡した現金・資産の時価

負債の引受け

引き受けた負債の時価

株式の交付

交付した株式の時価(市場価格のある取得企業株式の場合は、企業結合日の市場価格を基礎とする:第24項)

取得関連費用の扱い

外部のアドバイザー等に支払った特定の報酬・手数料等の取得関連費用は、取得原価に含めず、発生した事業年度の費用として処理します(第26項)。

(借方)支払手数料  ××  (貸方)現金預金  ××
※ 取得関連費用は取得原価に含めない(発生年度の費用)

条件付取得対価

将来の業績等に応じて追加で対価を支払う「条件付取得対価」がある場合は、第27項に従って処理します。将来の業績に依存する条件付取得対価は、条件が満たされ対価を追加的に交付・引渡しすることが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識します。

ステップ2:識別可能資産・負債を把握する

取得原価は、被取得企業から受け入れた資産および引き受けた負債のうち、企業結合日時点で時価を把握できるものに配分します(第28項)。ここで重要なのが「識別可能性」の判断です。

無形資産の識別(第29項)

受け入れた資産に、法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には、その無形資産はのれんとは区別して識別可能資産として計上します(第29項)。これにより、本来は個別に把握すべき価値が、のれんに紛れ込むことを防ぎます。

識別され得る無形資産の例

識別の根拠

商標権・特許権・著作権

法律上の権利として分離譲渡可能

顧客リスト・顧客関連資産

契約・取引慣行に基づき分離して把握可能

技術・ソフトウェア(ライセンス含む)

分離して譲渡可能

仕掛研究開発

識別可能であれば計上

取得後に発生が予測される費用・損失

取得後に発生することが予測される特定の事象に対応した費用または損失であって、その発生の可能性が取得の対価の算定に反映されている場合には、負債として認識します(第30項)。

ステップ3:各資産・負債を時価評価する

識別した資産・負債を、企業結合日における時価(公正な評価額:第14項)で評価します。簿価ではなく時価で受け入れる点がパーチェス法の核心です。

項目

簿価

時価評価額

差額

棚卸資産

簿価

正味売却価額等

評価差額

土地・建物

簿価

鑑定評価額等

含み損益

無形資産(顧客関連等)

(未計上)

評価額

新規計上

有利子負債・引当金

簿価

時価

評価差額

時価評価にあたっては、対象資産の性質に応じた評価技法を用います。たとえば、商標権はロイヤリティ免除法(その商標を自社で保有することで支払を免れるロイヤリティの現在価値で評価する方法)、顧客関連資産は超過収益法(顧客から得られる将来収益のうち、他の資産への帰属分を控除した残余で評価する方法)、土地・建物は不動産鑑定評価といった具合です。評価の前提(割引率、将来キャッシュ・フロー、ロイヤリティ率等)は、のれんの金額を左右する重要な見積りであり、その合理性が監査上も問われます。

ステップ4:取得原価を配分する(PPA)

評価した識別可能資産・負債の時価を基礎として、取得原価を配分します。下記は配分計算の例です。

前提:取得原価 1,000百万円。被取得企業の識別可能資産・負債の時価が次のとおり。

項目

時価(百万円)

流動資産

300

有形固定資産

400

識別可能無形資産(顧客関連・商標等)

150

負債(時価)

△250

識別可能純資産の時価(合計)

600

ステップ5:配分残余=のれんを算定する

取得原価が、受け入れた資産および引き受けた負債に配分された純額を上回る場合、その超過額は「のれん」となります(第31項)。上記例では次のとおりです。

のれん = 取得原価 1,000 − 識別可能純資産の時価 600 = 400(百万円)

連結上の受入仕訳(イメージ)

(借方)流動資産          300   (貸方)負債            250
(借方)有形固定資産      400   (貸方)支払対価(現金等)1,000
(借方)無形資産          150
(借方)のれん            400

逆に、取得原価が識別可能純資産の時価を下回る場合の差額は「負ののれん」となります。負ののれんが生じると見込まれる場合には、まずすべての識別可能資産・負債(第30項の負債を含む)が把握されているか、およびそれらの時価を見直し(第33項(1))、なお取得原価が下回る場合に、その差額を負ののれんとして処理します(第33項(2))。

ステップ6:配分が期末までに完了しない場合(暫定的な会計処理)

企業結合日以後の決算において、識別可能資産・負債の時価評価や無形資産の識別が完了していない場合があります。このようなときは、入手可能な情報に基づき暫定的な金額で会計処理を行い、その後、企業結合日時点で把握すべきであった情報を反映して、一定の期間内に配分額を確定させます。確定に伴う修正は、企業結合日に遡って行われたものとして処理する点が実務上の注意点です。

暫定額と確定額の比較イメージは次のとおりです。

項目

暫定額(百万円)

確定額(百万円)

修正

識別可能無形資産

100

150

+50(追加識別)

のれん

450

400

△50

このように、無形資産の追加識別が進むとのれんは減少します。暫定処理から確定までの間に決算をまたぐ場合、確定時の修正が比較情報にも影響するため、配分作業のスケジュール管理が重要です。

PPAの結果がその後の損益に与える影響

PPAは単発の作業ではなく、その後の連結損益に長期にわたり影響を与えます。配分の仕方によって、のれん償却費・無形資産の償却費・減価償却費の負担が変わるためです。下表は、同じ取得原価1,000を、無形資産を多く識別したケースと少なく識別したケースで比較したものです。

無形資産を多く識別

無形資産を少なく識別

識別可能無形資産

250

50

のれん

300

500

各期の費用

無形資産償却が増、のれん償却が減

のれん償却が増

無形資産(顧客関連・技術等)は、その性質に応じた耐用年数で償却され、のれんは20年以内で償却されます。したがって、無形資産を厚く識別すると、相対的に短い期間で費用化が進む一方、のれんに寄せると償却が平準化される傾向があります。どちらが「正しい」というより、識別可能性の要件(第29項)を満たすものを漏れなく計上した結果として配分が決まる、という順序を守ることが肝心です。恣意的にのれんへ寄せて当期費用を抑える、といった処理は認められません。

留意点

  • 暫定的な会計処理と確定:企業結合日以後の決算で配分が完了していない場合、暫定的な金額で処理し、その後一定期間内に確定させる。確定時の修正は企業結合日に遡って反映する点に注意
  • 無形資産の網羅性:識別可能無形資産を漏れなく把握しないと、本来計上すべき価値がのれんに含まれ、その後の償却年数・減損判定に影響する(第29項)
  • 取得関連費用は取得原価に含めない:デューデリジェンス費用やアドバイザリー報酬は発生年度費用(第26項)。取得原価に算入しない点を明確にする
  • 時価の根拠資料:不動産鑑定・無形資産評価(ロイヤリティ免除法・超過収益法等)の評価書は、監査対応上も重要な裏付け資料となる
  • 税効果:時価評価により生じた評価差額(簿価との差)には、原則として税効果会計を適用し、繰延税金資産・負債を認識する

まとめ

取得原価の配分(PPA)の流れを整理すると、次のステップに集約されます。

ステップ

処理内容

根拠

1. 取得原価の算定

支払対価の企業結合日時価で算定(取得関連費用は除く)

第23・24・26項

2. 識別可能資産・負債の把握

無形資産を含めて識別

第28・29・30項

3. 時価評価

各資産・負債を企業結合日の時価で評価

第14・28項

4. 配分

取得原価を識別可能純資産の時価へ配分

第28項

5. のれん算定

配分残余をのれん(不足はゼロ以下なら負ののれん)として算定

第31・33項

PPAは「支払額を識別可能な資産・負債へ時価で割り付け、残りをのれんとする」というシンプルな骨格で理解できます。ポイントは、無形資産を適切に識別して時価評価し、のれんを過大計上しないことです。まずは自社のM&A案件で、識別可能無形資産の洗い出しと時価評価の体制づくりから着手してみてください。