はじめに
M&Aの会計というと「のれん」「時価評価」といった個別論点に目が行きがちですが、その背後には「企業結合をどう捉えるか」という一貫した会計思想があります。なぜ買収すると資産を時価で評価し直し、のれんが生まれるのか――この問いに答えるのが、「取得」と「持分の結合」という2つの経済的実態の区別です。
本記事では、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」の結論の背景を手がかりに、取得とパーチェス法の概念、そして持分プーリング法が廃止された背景(第64項)を、経営層が押さえるべき会計思想として整理します。
概要
企業結合の捉え方とその帰結は、次のように整理できます。
企業結合(第5項)
├─ 取得(第9項) : 支配の獲得 → 投資の清算と再投資 → パーチェス法(時価評価・のれん)
└─ 持分の結合 : 支配の獲得なし → 持分の継続 → かつては持分プーリング法(簿価引継ぎ)
第64項のコンバージェンス → 持分プーリング法を廃止 → 取得の処理はパーチェス法に一本化
「どちらの実態か」によって、資産を時価で評価し直すのか簿価のまま引き継ぐのか、のれんが生じるのかが分かれていました。
具体的な会計処理
「取得」と「持分の結合」の違い(第67項)
第67項は、企業結合には「取得」と「持分の結合」という異なる経済的実態を有するものが存在すると述べています。
- 取得:ある企業が他の企業(又は事業)に対する支配を獲得する取引(第9項)。一方の当事者の持分は継続せず、いったん清算されて新たな投資が行われたとみなされる
- 持分の結合:いずれの結合当事企業も他の当事企業に対する支配を獲得したとは認められない取引。結合前の持分が結合後も継続する
第73項以下では、両者が異なる経済的実態を有することを、持分の継続が断たれるか否かという観点から説明しています。第74項は、これを損益計算の観点から整理しており、持分の継続が断たれる場合(取得)は投資の清算と再投資が行われたとみて、受け入れた資産・負債を時価評価する、という考え方を示しています。
観点 | 取得 | 持分の結合 |
|---|---|---|
支配の獲得 | あり(第9項) | なし |
持分の継続 | 断たれる(清算・再投資) | 継続する |
資産・負債の評価 | 時価評価 | 帳簿価額を引継ぎ |
のれん | 生じ得る | 生じない |
適用方法 | パーチェス法 | (かつての)持分プーリング法 |
パーチェス法とは何か
パーチェス法は、取得企業が被取得企業から受け入れる資産・負債を、企業結合日の時価を基礎として評価し、取得原価との差額をのれん(又は負ののれん)として処理する方法です。
これは「取得=投資の清算と再投資」という見方に対応しています。取得企業から見れば、対価を支払って事業という新たな資産に投資したのだから、その時点の時価で受入資産を測定するのが投資原価を表すうえで合理的、という思想です。
概念を示す仕訳例:事業を1,000で取得し、受入資産・負債の時価純額が800の場合
(借方)諸資産(時価) 1,200 (貸方)諸負債(時価) 400
(借方)のれん 200 (貸方)現金預金 1,000
差額200ののれんは、被取得企業の超過収益力等への対価であり、その後第32項により20年以内で償却され、毎期の損益に反映されます。
持分プーリング法とその廃止(第64項)
持分プーリング法は、結合当事企業の資産・負債を帳簿価額のまま引き継ぐ方法です。持分が継続している(清算・再投資が行われていない)とみる「持分の結合」に対応する処理で、時価評価ものれんも生じません。
第64項は、企業会計基準委員会が平成19年8月にIASBと共同で公表したいわゆる東京合意等を踏まえ、コンバージェンスに向けて見直した主な論点として、その(1)に「持分プーリング法の廃止及び取得企業の決定方法」を挙げています。これにより、企業結合(取得とされるもの)の会計処理はパーチェス法に一本化されました。
廃止の背景には、(1)真に持分の継続といえる「持分の結合」は実際にはごく限られること、(2)同種の取引に2つの方法が併存すると比較可能性を損なうこと、(3)国際的にもパーチェス法に統一する潮流があったこと、などがあります。
持分プーリング法(廃止) | パーチェス法(現行) | |
|---|---|---|
対応する実態 | 持分の結合 | 取得 |
資産・負債 | 簿価引継ぎ | 時価評価 |
のれん | 生じない | 生じ得る |
現在の取扱い | 廃止(第64項(1)) | 取得の処理に一本化 |
なお、共同支配企業の形成(第37項以下)や共通支配下の取引(第40項以下)など、支配の獲得を伴わない一定の企業結合については、引き続き帳簿価額を基礎とした処理が定められており、すべてが時価評価になるわけではない点には留意が必要です。
同じ合併でも処理が変わる:簿価引継ぎとパーチェス法
「合併」という同じ法形式でも、その経済的実態によって会計処理が分かれることを具体例で確認します。
ケースA(取得=パーチェス法):当社がD社を吸収合併し、D社株主に当社株式を交付。議決権比率や規模からみて当社がD社への支配を獲得した(取得企業=当社)。この場合、D社から受け入れる資産・負債を時価評価し、取得原価との差額をのれん(又は負ののれん)とする。
(借方)諸資産(時価) 1,200 (貸方)諸負債(時価) 400
(借方)のれん 200 (貸方)資本金等 1,000
ケースB(共通支配下の取引=簿価引継ぎ):当社の100%子会社2社を合併させる(企業集団内の再編)。支配を獲得する取引ではないため、第41項により移転する資産・負債は原則として移転直前の帳簿価額で引き継ぎ、時価評価ものれんも生じない。
(借方)諸資産(簿価) 1,000 (貸方)諸負債(簿価) 400
(貸方)純資産 600
同じ「合併」でも、支配の獲得を伴う取得(ケースA)か、企業集団内の再編(ケースB)かで、時価評価とのれんの有無がまったく異なります。法形式ではなく経済的実態で判断するという第67項以下の考え方が、ここに具体的に表れています。
なぜ経営者がこの思想を押さえるべきか
のれんは、買収価格のうち、受け入れた純資産の時価を超えて支払った部分、すなわち被取得企業の超過収益力やシナジーへの対価を表します。パーチェス法のもとでは、この超過分が貸借対照表にのれんとして可視化され、その後償却(第32項)を通じて損益に反映されます。
つまり「いくらで買ったか」と「何を受け入れたか(時価純資産)」の差が、買収後の損益に長期にわたって影響します。経営者がこの構造を理解していれば、M&Aの価格交渉やデューデリジェンスの段階で「のれんがどの程度生じ、その後の利益をどれだけ圧迫するか」を見通せるようになり、買収の意思決定の質が高まります。
取得企業の決定という実務上の関門
パーチェス法を適用する前提として、企業結合では必ず「取得企業」を決定します(第17項・第18項)。対価が現金等であれば通常その引渡側が取得企業となりますが(第19項)、対価が株式の場合は、議決権比率の大きさ(第20項(1))、最も大きな議決権比率を有する株主の存在(同(2))、取締役等を選解任できる株主の存在(同(3))、取締役会等の構成(同(4))、株式の交換条件(同(5))といった要素を総合的に勘案して取得企業を判定します。さらに、相対的な規模が著しく大きい企業は通常取得企業とされます(第21項)。
ここで重要なのが、法律上の存続会社と会計上の取得企業が一致しない「逆取得」が起こり得ることです(第50項)。形式上は存続会社でも、会計上は消滅会社側が取得企業と判定されれば、存続会社の資産を時価評価するのではなく、会計上の取得企業(消滅会社等)を基準に処理します。誰が取得企業かによって、どちらの資産・負債を時価評価するか、のれんが生じるかが変わるため、取得企業の決定はパーチェス法の出発点として極めて重要です。
留意点
- 「買えば時価評価・のれん」が原則:取得と判定された企業結合は時価評価とのれんを伴う。M&Aの意思決定段階で、のれんの規模とその後の償却負担を見積もっておく
- 取得企業の決定:取得には必ず取得企業を決定する(第17項・第18項)。法律上の存続会社と会計上の取得企業が一致しない逆取得もあり、誰が取得企業かで財務数値が変わる
- 持分の結合は限定的:現行基準で簿価引継ぎとなるのは、共同支配企業の形成や共通支配下の取引など限られた類型。安易に「持分の結合だから簿価」と判断しない
- のれん償却の損益影響:パーチェス法でのれんが計上されると、第32項により毎期の償却費が営業利益を押し下げる。買収後の利益計画に織り込む
- 会計思想の共有:経理部門だけでなく経営層・事業部門も「取得=投資の清算と再投資」という考え方を共有しておくと、M&A後の数値変動の説明がスムーズになる
まとめ
取得とパーチェス法の概念を整理すると、次のとおりです。
論点 | 根拠 | 要旨 |
|---|---|---|
2つの実態 | 第67項 | 企業結合には「取得」と「持分の結合」がある |
取得の思想 | 第74項 | 投資の清算と再投資 → 時価評価 |
パーチェス法一本化 | 第64項(1) | 持分プーリング法を廃止 |
のれんと償却 | 第31項・第32項 | 差額をのれん計上、20年以内で償却 |
企業結合会計の根底には「取得は投資の清算と再投資であり、だから時価評価とのれんが生じる」という一貫した思想があります。持分プーリング法が廃止され取得の処理がパーチェス法に一本化された今、経営者はこの会計思想を押さえることで、M&Aが財務諸表に与える影響を本質から見通せるようになります。