はじめに
税務上の繰越欠損金は、過年度に生じた税務上の損失を、繰越期間内の将来の課税所得から控除できる制度です。会計上は、この控除によって将来の税金負担が軽減される効果を「繰延税金資産」として認識します。ただし、繰越欠損金は将来の課税所得が生じてはじめて使えるため、回収可能性の判断が特に慎重に求められる項目です。
本記事では、企業会計基準第28号「『税効果会計に係る会計基準』の一部改正」が新設した繰越期限別の注記(注解(注9))への対応を中心に、繰延税金資産の計上から注記の集計手順までを実務手順で解説します。
繰越欠損金の注記が拡充された背景には、財務諸表利用者からの要請があります。繰延税金資産の回収可能性に関する不確実性は、財務諸表利用者が将来の税負担率や利益を予測するうえで重要な関心事です。とりわけ繰越欠損金は繰越期間という時間的な制約があるため、いつまでにどれだけ使えるのかという繰越期限別の情報が、回収可能性の評価に直結します。企業会計基準第28号は、こうした要請を踏まえ、従来の発生原因別の内訳(注8)に加えて、繰越期限別の数値情報と判断理由(注9)を新たに求めることとしました(本会計基準第27項・第39項・第40項)。
概要
繰越欠損金の税効果の実務は、計上判断と注記対応の二本立てです。
1. 税務上の繰越欠損金を繰越期限別に把握する
↓
2. 各期限の繰越欠損金に法定実効税率を乗じて繰延税金資産(総額)を算定
↓
3. 繰越期間内の将来課税所得を見積もり、回収可能性を判定
↓
4. 回収不能部分を評価性引当額として控除し、計上額を確定
↓
5. 繰越期限別の数値情報(注9)を集計し注記
↓
6. 重要な繰延税金資産を計上した場合、回収可能と判断した主な理由を注記
企業会計基準第28号は、税効果会計基準注解に(注9)を追加し、繰越期限別の税務上の繰越欠損金に係る数値情報と、重要な繰延税金資産を計上している場合の判断根拠の注記を求めています(本会計基準第5項)。
具体的な会計処理
ステップ1:繰越欠損金を繰越期限別に把握する
まず、税務申告書(別表七(一)等)をもとに、税務上の繰越欠損金を発生事業年度・繰越期限別に整理します。注記は繰越期限別に区分して記載するため、集計の段階から期限別の区分を意識します。
繰越期限 | 税務上の繰越欠損金 |
|---|---|
1年以内 | xxx |
1年超2年以内 | xxx |
2年超3年以内 | xxx |
… | … |
合計 | xxx |
繰越期限別の区分は、後述の注記(注9)でそのまま使う基礎データになります。
ステップ2:繰延税金資産(総額)を算定する
各繰越欠損金に、解消(使用)が見込まれる期の法定実効税率を乗じて、繰延税金資産の総額を算定します。
繰越欠損金に係る繰延税金資産(総額)= 税務上の繰越欠損金 × 法定実効税率
ステップ3:回収可能性を判定する
繰越欠損金は将来の課税所得と相殺してはじめて税負担軽減効果が実現します。そのため、繰越期間内に課税所得(一時差異等加減算前)が見込めるかを検討します。
- 将来の事業計画に基づく課税所得の見積り
- 将来加算一時差異の解消スケジュールとの相殺可能性
- タックスプランニングの実行可能性
- 過去の課税所得・欠損金の発生状況(業績の安定性)
回収可能と認められない部分は、繰延税金資産から控除します。この控除額が「評価性引当額」です。
回収可能性の判断は、企業を過去の業績や将来の課税所得の見込みによって分類し、その分類に応じて繰延税金資産の計上範囲を判断する枠組み(回収可能性適用指針の考え方)に沿って行います。たとえば、過去に継続して課税所得を計上し将来も安定的な課税所得が見込まれる企業と、過去に重要な税務上の欠損金が生じている企業とでは、繰越欠損金に係る繰延税金資産を計上できる範囲が大きく異なります。繰越欠損金が生じているという事実自体が、回収可能性を慎重に判断すべきシグナルとなる点に注意が必要です。
ステップ4:計上の仕訳
回収可能と判断した部分について繰延税金資産を計上します。
仕訳例:繰越欠損金2,000万円のうち、回収可能と判断した部分1,500万円に対応する繰延税金資産(実効税率30%=450万円)を計上。
(借方)繰延税金資産 4,500,000 (貸方)法人税等調整額 4,500,000
回収不能と判断した500万円分(税効果150万円)は計上せず、繰延税金資産の総額から控除される評価性引当額として扱います。
ステップ5:繰越期限別の数値情報を注記する(注9(1))
企業会計基準第28号が新設した注解(注9)(1)は、繰越期限別の税務上の繰越欠損金に係る次の金額の注記を求めています(本会計基準第5項(1))。
- 税務上の繰越欠損金に乗じる法定実効税率を乗じた額(=繰越欠損金に係る繰延税金資産の総額)
- 当該繰延税金資産から控除された額(評価性引当額)
- 当該繰延税金資産から評価性引当額を控除した純額
注記イメージ(繰越期限別):
1年以内 1年超 2年超 … 合計
2年以内 3年以内
繰越欠損金×実効税率 xx xx xx xxx
(うち評価性引当額)(xx) (xx) (xx) (xxx)
繰延税金資産(純額) xx xx xx xxx
この注記は、財務諸表利用者が繰延税金資産の回収可能性に関する不確実性を評価する観点から導入されました(本会計基準第27項・第39項・第40項)。たとえば、繰越期限が近い繰越欠損金に多額の繰延税金資産が計上されている場合、利用者は短期間で課税所得を確保できるのかという観点から回収可能性の不確実性を読み取ることができます。繰越期限別に区分して示すことで、合計額だけでは見えない期限の偏りや切迫度が明らかになり、注記の有用性が高まります。
ステップ6:回収可能と判断した主な理由を注記する(注9(2))
注解(注9)(2)は、税務上の繰越欠損金に係る重要な繰延税金資産を計上している場合、当該繰延税金資産を回収可能と判断した主な理由を注記することを求めています(本会計基準第5項(2))。
記載にあたっては、企業の置かれている状況に応じ、繰延税金資産を回収可能と判断した根拠(将来の課税所得の見込み、タックスプランニング等)を定性的に説明します(本会計基準第43項~第47項)。
なお、これらの注記は連結財務諸表での開示が原則ですが、個別財務諸表においても、繰越期限別の数値情報および回収可能と判断した主な理由の注記が求められます(本会計基準第50項(2)(3))。
判断理由の記載例としては、「当社は過去において安定的に課税所得を計上しており、当該繰越欠損金は一時的な特殊要因により生じたものであること、および将来の事業計画に基づく課税所得により繰越期間内に回収可能と判断したため」といった形で、回収可能と判断した根拠を具体的に説明します。形式的な定型文ではなく、企業が置かれている経営環境や課税所得の見通しに即した説明が求められる点が特徴です(本会計基準第45項~第47項)。
発生原因別の注記(注8)との関係
繰越欠損金に係る注記(注9)は、発生原因別の内訳(注8)と密接に関連します。発生原因別の注記では、繰延税金資産・繰延税金負債の発生原因別の主な内訳を記載しますが、その内訳の一項目として「税務上の繰越欠損金」を記載している場合には、評価性引当額をその繰越欠損金に係る額とそれ以外(将来減算一時差異等に係る額)に区分して記載することが求められます(本会計基準第4項に基づく注解(注8)、本会計基準第28項)。
つまり、注8では繰延税金資産全体の発生原因別の姿と評価性引当額の区分を、注9では繰越欠損金に特化した繰越期限別の姿と判断理由を、それぞれ開示する構成です。両者は重複ではなく、繰越欠損金の回収可能性を多面的に説明するための補完関係にあります。実務では、注8の集計と注9の集計を別々に行うのではなく、繰越欠損金のデータを起点に両方の注記へ展開できるよう、集計表を一体で設計しておくと効率的です。
留意点
- 繰越期限別の集計を申告書と整合させる:注記の基礎は税務申告書(別表七)の繰越欠損金の繰越期限別データ。会計の繰延税金資産計算と税務データの繰越期限区分を一致させておく
- 「重要な」繰延税金資産の判断:判断理由の注記は重要な繰延税金資産を計上している場合に必要。重要性は企業が置かれた状況により異なり、一律の基準は定められていない(本会計基準第31項・第46項)
- 評価性引当額の重要な変動の注記:注解(注8)(2)により、評価性引当額の合計額に重要な変動が生じた場合は、その変動の主な内容も注記する(本会計基準第4項)。繰越欠損金の評価性引当額の増減も対象になり得る
- 連結と個別の開示範囲の違い:評価性引当額の内訳に関する数値情報は連結が原則で個別では求められない一方、繰越期限別の数値情報と判断理由は個別でも必要(本会計基準第50項・第51項)
- 税率変更への対応:法定実効税率が変更された場合、繰越欠損金に係る繰延税金資産も変更後税率で再計算する
まとめ
繰越欠損金の税効果対応を整理すると、以下のとおりです。
ステップ | 内容 |
|---|---|
1. 期限別把握 | 申告書から繰越欠損金を繰越期限別に整理 |
2. 総額算定 | 繰越欠損金 × 法定実効税率 |
3. 回収可能性 | 繰越期間内の将来課税所得で判定 |
4. 計上 | 回収可能部分の繰延税金資産を計上、不能部分は評価性引当額 |
5. 注記(注9(1)) | 繰越期限別の数値情報(総額・評価性引当額・純額) |
6. 注記(注9(2)) | 重要な繰延税金資産の回収可能と判断した主な理由 |
繰越欠損金の税効果は、計上判断(回収可能性)と注記対応(繰越期限別の数値情報・判断理由)の両面で実務負荷が高い領域です。企業会計基準第28号の注解(注9)が求める繰越期限別の集計を、税務申告書のデータと整合させて毎期準備しておくことが、決算・注記対応をスムーズに進める鍵となります。
特に、繰越欠損金に重要な繰延税金資産を計上している企業では、回収可能と判断した主な理由の注記が監査上も重点的に確認されます。将来の事業計画に基づく課税所得の見積りの合理性、過去の業績の安定性、繰越期間内での回収可能性といった根拠を、定性的な説明としてあらかじめ文書化しておくことが、決算の円滑な進行と監査対応の双方に資します。繰越欠損金は業績の変動局面で生じやすく、回収可能性の判断も状況により変わるため、毎期の決算で前提を見直し、注記の内容を最新の状況に更新する運用を徹底することが重要です。